Stephen Kingの書庫
スティーブン・キングの立ち読み

 

ドリームキャッチャー Dreamcatcher/白石朗=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行

SSDD(クソは変わらず日付が変わる)
この文句は仲間内のモットーになっていたが、はたして仲間のだれがいいはじめた言葉だったのか、ジョーンジーには一生かかっても思い出せそうになかった。《とんでもはっぷん歩いて五分だぜ》をはじめ、十指にあまる多彩な罵倒の文句をつくりだしたのはビーヴァーだ。仲間たちに《めぐるめぐるよ因果はめぐる》という言い回しを教えてくれたのはヘンリーだった。ヘンリーは小さな子どものころから、この禅じみた戯言がお気にいりだった。しかし、SSDDの文句は? SSDD はどうだったのだろう?いったい、だれの脳みその産物だったのか?
いや、そんなことはどうだっていい。大事なのは、仲間が四人だったころには四人ともがこの言葉の前半を信じ、五人になったときにはこの言葉のすべてを信じ、そのあとふたたび四人になると、こんどは後半を信じたというその点だけだ。

・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・

ライディング・ザ・ブレット RIDING THE BULLET/白石朗=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
この話は、いままでだれにもきかせたことがないし、話すこともぜったいにないだろうと思っていた一一信じてもらえないのを恐れていたわけでは断じてない。自分を恥じていたからだし……なにより、これが自分の話だったからだ。以前は、人にこの話をきかせれば、ぼく自身と話の両方を貶めることになると感じていた……この話がありふれた俗っぽいものになる一一つまり、キャンプの消灯時間の前に指導員が披露する怪談と五十歩百歩のものになる、と感じていたのだ。 人は列に並びながら、ほかの人の絶叫を耳にする一一その人々は怖い思いをしたさに金を払っているのだし、<ブレット>なら払った金に見あうものをかならず得られる。順番がめぐってくれば、乗るかもしれないし、逃げ出すかもしれない。どのみち、さいごにはおなじことだ一一ぼくはそう思う。ほかにもいろいろな要素があるはずだが、しかし現実にはそんなものはない。
自分のバッジを手にしたら、さあ、ここから出ていきたまえ。

アトランティスのこころ HEARTS IN ATLANTIS/白石朗=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
ボビー・ガーフィールドの父親ランダルは、二十代で早くも髪の毛が薄くなりはじめ、四十五歳には完全に禿げあがっているタイプの男だった。しかしランダルがそこまで追いこまれることはなかった一一というのも、三十六歳の若さで心臓発作を起こして世を去ったからだ。不動産業者だったランダルは、赤の他人の家のキッチンの床に横たわって末期の息を吸うことになった。この家の購入を検討中だった客が、通じていない電話で救急車を呼ぼうと無駄な努力をしているあいだに、ボビーの父親は息絶えた。これがボビー三歳のときのこと。ひとりの男からよく体をくすぐられ、そのあとほっぺたおでこにキスをされたという、ぼんやりした記憶があるにはあり、その男こそ自分の父さんにちがいない、とボビーは思っていた。ランダル・ガーフィールドの墓石には《惜しまれつつ去る》という墓碑銘が刻まれていたが、母親には父親の逝去を惜しんでいる風情はまったくなかったし、ボビー当人についていうなら……だいたい、ろくに覚えていない男の死を惜しめるだろうか? 「あしたになれば、どこかの子どもが通りかかって、グローブを拾っていく一一そうとわかってるんでしょう?」キャロルは笑い声をあげて、目もとをぬぐった。
「そうなるかもしれないな」ボビーはうなずいた。「それとも、ふっと消えてしまうかもしれない。どこから来たのかは知らないけれど、またそこにもどっていくんだよ」
さいごまで残っていた薄紅の陽射しが翳って灰色になるのにあわせて、キャロルはボビーの肩に頭をもたせかけた。ボビーは、その肩を抱いた。ふたりはそのまま無言ですわっていた。ふたりの足元ラジオで、プラターズが歌いはじめた。

骨の袋 Bags of Bones/白石朗=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
一九九四年八月のとてつもなく暑い日のこと、妻はわたしに、これから〈ライトエイド〉のデリー支店に行って副鼻腔炎用の薬の詰め替えをとりにいく、と告げた一一昨今では、もう医師の処方箋なしでも薬局で直接買うことができる薬だろう。その日、すでに一日分の執筆ノルマをすませていたわたしは、あとでとりにいってあげようと答えた。妻の返事は、その気持ちはうれしいが遠慮する、どのみち帰りがけにとなりのスーパーマーケットで魚を買いたいから、というものだった一一一石二鳥というわけだ。妻は手のひらに唇をつけて、わたしに投げキッスをしてから出ていった。つぎに見たとき、妻はテレビ画面のなかにいた。ここデリーでは、これが死者の身元確認の流儀なのだ。 ・・・ラストは読んでのお楽しみ・・

ローズ・マダー ROSE MADDER/白石朗=訳  本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
ひっくるめていえば十四年間の地獄だったが、ローズにはその意識はほとんどなかった。この歳月の大半を、死にも等しいほど深い朦朧とした状態で過ごしていたし、自分の人生は現実の出来ごとなどではない、いずれ目覚めて、ウォルト・ディズニーのアニメ映画のヒロインよろしく、愛らしいあくびをして伸びをするのだという確信に近い気持ちを抱いたことも、いちどや二度ではなかった。 ・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・

キングの新しい仕掛けの2冊
最初の数行 最後の数行
ジェラルドのゲーム GERALD'S GAME /二宮 磬=訳 本棚に戻る
建物のまわりを吹き過ぎる十月の風にあおられて、裏口のドアがときおり、かるくバタンバタンと鳴る音がジェシーの耳に聞こえた。あのドアは秋になると脇柱が決まって膨れて、思いっきり引っ張らないとぴったり閉まらない。今回は二人ともそれを忘れていた。どっちもあまり本気にならないうちに裏へいって閉めてきてよ、あのバタンバタンで頭がおかしくなるかもしれないから、とよほどジェラルドに頼もうかと思った。 いまはその寝室を“わたしの部屋”と呼んでいた。ここ数カ月ではじめて、彼女が見ている夢は不快なものではなく、仔猫の笑いが口の両端をかるく歪めさせていた。二月の冷たい風が庇の下を吹き過ぎ、煙突のなかでうめき声をあげると、彼女は羽毛布団の下へもっと深々ともぐりこんだ……だが、あの小さな、自足しきったような笑いが消えることはなかった。
ドロレス・クレイボーン DOLORES CLAIBORNE /矢野三郎=訳 本棚に戻る
なにいってんだい、アンディー・ビセット。いま説明した権利のこと、わかったか、だって?ふん、なんとアホらしいことをいって。
そんなことは、どうでもいいじゃないのさ。そのしゃべくりをやめて、ちょっと聴きなさい。どうせ夜通しあたしから話を聴くことになるんだら、いまのうちから馴れといた方がいいよ。
あたしはドロレス・クレイボーン、あと二ヶ月で66歳になる、リトル・トール・アイランドの終生の住人だよ。
ナンシー、あんたがその機械のスイッチを切る前に、二つだけいっておきたいことがある。最後まで持ちこたえるのは、この世の性悪女たちだよ、ということと……それから、綿ぼこり坊主なんか、クソクラエ!

ニードフル・シングス NEEDFUL THINGS/芝山幹郎=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
新しい店が商売をはじめる一一これは小さな町ではビッグニュースだ。
もっともブライアン・ラスクは、ほかの人ほど大事件とは思わなかった。ほかの人、とはたとえば彼の母だ。この件について、母が親友のマイラ・エヴァンスと電話で長々と話し合っているのをブライアン何度か耳にしていた。
「闇は謎の棲みかだ。謎は闇に奪い去らせておけばいい」
キャッスルビューをのぼりつめたパトカーは山の反対側に通じる119号線に入った。キャッスルロックは地上から消えた。闇は、この町も奪い去った。

FOUR PAST MIDNIGHT /小尾芙佐=訳 本棚に戻る
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ランゴリアーズ THE LANGOLIERS
ブライアン・エングルはアメリカン・プライドL1011を22番ゲートに停止させると、〈シートベルト着用〉のサインを、午後十時十四分ようどに消した。そして葉の間から長いため息を吐き出すと、ショルダー・ハーネスをはずした。
フライトの最後にこれほど深い安堵を感じたのは一そしてこれほどの疲労を感じたのは一一いったいいつだったろう。
・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・
秘密の窓、秘密の庭 SECRET WINDOW, SECRET GARDEN
「あんた、おれの小説を盗んだな」戸口に立っていた男が言った。「あんたはおれの小説を盗んだ、それでおまえさんになんとかしてもらわねばならん。正しいものは正しく、正義は正義」
モートン・レイニーはいましも昼寝から起きたところ、まだすっかり目が覚めきっていないので、どう答えてよいやら皆目見当がつかなかった。
それは心やさしい表情ではなかった。慰めにはならなかったけれども、彼らはふたりともそれぞれに、別々の場所で同じように感じたのだった、あの表情とともに生きていける余裕をなんとか見出せるだろうと。そしてそれぞれに自分の庭の手入れもしていけるだろうと。

ダーク・ハーフ DARK HALH/村松潔=訳 本棚に戻る
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人生は――ただの肉体的な存在ではなく、本当の意味での人生は――さまざまなときにはじまる。ニュージャージー州バーゲンフィールドでリッジウェイ地区で生まれ育った少年サド・ボーモントの人生がほんとうにはじまったのは1960年だった。その年、この少年にふたつの事件が起った。初めの事件は彼の人生の方向を定め、ふたつめはあやうくそれを終わらせるところだった。サド・ボーモントが十一の年のことである。 ・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・

トミー・ノッカーズ TOMMY KNOCKERS/吉野美恵子=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
釘が一本足りなくて王国が滅びる―教義問答が言っていることは、せんじつめればつまりそれに尽きる―とにかくロバータ・アンダーソンは、ずっとあとになってそう思った。何事も偶然のいたずら…あるいは運命でしかない。1988年6月21日、メイン州の田舎町ヘイブンでアンダーソンは文字どおり運命に足をとられた。そのつまずきが“ことの根”であり、あとはすべて歴史の一部であるにすぎない。 「もう平気かい?」
「もう平気。大好きだよ、ヒリー」
「こっちも大好きだよ、ディヴィッド。ごめんな」
「何のこと?」
「わかんないんだよね」
「ちぇっ」
デイヴィッドの手が毛布を探し、見つけて、ひっぱりあげた。太陽から九千三百万マイル、銀河系の極から三百二十六光年のところで、ヒリーとデイヴィッド・ブラウンは抱きあって眠った。

イット IT/小尾芙佐=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
言葉につくせぬこの恐怖、あれから二十八年つきまとっているこの恐怖の一終熄の時があるにしてもだ一そもそもの発端は、私の知るかぎり、大雨で増水した道路の側溝を流れていった新聞紙の小舟だった。
紙の小舟はぷかぷか流れていき、転覆しそうになるとすぐに起きなおり、恐ろしい渦を果敢にのりきって、ウィチャム・ストリートをくだっていき、やがてウィチャムとジャクソンの交差点にさしかかった。
この日記もそろそろおしまいだ一一日記は永遠に残るだろう。そしてデリーの古いスキャンダルや異常性に関する話は、このページの外にはなにも残らないと思う。ありがたいことだ。あすここから出してもらえるときが、いわば新しい人生について考えはじめる潮時なのかもしれない……その新しい人生とはいったいどんなものか、見当もつかないが。
私はあの連中が好きだった。
大好きだった。

DIFFERENT SEASONS 2:恐怖の四季 秋冬編/山田順子=訳 本棚に戻る
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スタンド・バイ・ミー THE BODY
なににもまして重要だという物事は、なににもまして口に出して言いにくいものだ。それはまた恥ずかしいことでもある。なぜならば、ことばというものは、物事の重要性を減少させてしまうからだ一一ことばは物事を縮小させてしまい、頭の中で考えているときには無限に思えることでも、いざ口に出してしまうと、実物大の広がりしかなくなってしまう。 わたしは思った。そう、これが現在のエースだ、と。
左手を見ると、今はもう川幅が狭くなっているが、少しは水がきれいになったキャッスル・リバーが、キャッスル・ロックとハーロウを結ぶ橋の下を流れているのが見えた。上流のトレッスルはなくなったが、川はまだ流れている。そしてわたしもまた、そうだ。
マンハッタンの奇譚クラブ THE BREATHING METHOD
雪と風の寒気きびしいその夜、わたしはふだんよりもいくぶん早く服を着た一一それは認める。一九七×年、十二月二十三日のことだ。だが、クラブの他のメンバーもわたしとおなじだったかどうかは疑問だ。ニューヨークでは天気が荒れ模様の日に、タクシーがなかなかつかまらないというのは周知の事実なので、わたしは無線タクシーを呼んだ。八時に迎えに来てもらうよう、五時半には予約しておいた一一妻は片方の眉をつりあげたが、なにも言わなかった。 「はい、いつも物語がございますとも」スティーブンスはくり返した。「おやすみなさいませ」
いつも物語はある。
実際、そのとおりだった。そしていつかある日、また別の話をお聞かせできるだろう。

DIFFERENT SEASONS 1 :恐怖の四季 春夏編 /浅倉久志=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
刑務所のリタ・ヘイワース RITA HAYWORTH AND SHAWSHANK REDEMPTION
全国、どこの州立刑務所や連邦刑務所にも、おれみたいなやつはいると思う一一早くいえば、よろず調達屋だ。注文の銘柄のタバコ、もしそっちが好みならマリファナ、息子や娘の高校卒業を祝う一本のブランデー、その他いろいろを密輸するわけ……むろん、常識の範囲内でね。昔は常識なんてばかにしてたんだが。 これは自由人だけが感じられる興奮だと思う。この興奮は、先の不確実な長旅に出発する自由人にしかわからない。
どうかアンディーがあそこにいますように。どうかうまく国境を越えられますように。どうか親友に再会して、やつと握手ができますように。どうか大平洋が夢の中と同じような濃いブルーでありますように。
それがおれの希望だ。
ゴールデンボーイ ART PUPIL
これこそ全米代表といった感じの少年が、高い変形ハンドルをつけた26インチのシュウィンの自転車で、郊外住宅地の通りを走っていく。まさしくオール・メリカン・ボーイ。トッド・ボウデン、13歳、173センチ、63キロ、健康、髪は熟れたトウモロコシ色、ブルーの瞳、ととのった白い歯ならび、軽く日焼けした肌にはまだ思春期のニキビひとつない。 ・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・

THE MIST/矢野浩三郎=訳 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
それはこうしてはじまった。7月19日のその夜は、北部ニュー・イングランド地方をおそった史上最悪の熱波がようやくおさまり、メーン州西部の全域が、未曾有のはげしい雷雨に見まわれた。
私たちはロング・レイク湖畔に住んでいる。夜が訪れる直前、嵐の先触れが湖面を打ちながらこちらへ向かってくるのを、私たちは見た。一時間前までは、大気はそよともしなかったのだ。1936年に父がボート小屋の上に立てため米国旗は、力なく旗竿にたれさがっていた。旗は微動だにしていなかった。熱気はまるで凝り固まったかのようで、鏡のように陰気に凪ぎわたった湖面とおなじく、深くよどんでいた。
ここにはレストランがある。食堂と、長い馬蹄形のランチカウンターのある、典型的なHojoスタイルのレストランである。私は、この記録を、カウンターの上に置いて行くつもりだ。たぶんいつの日か、だれかが見つけて読んでくれるかもしれない。
ハートフォード。
本当にこの一語を聞いたのであれば。そうであればいいと思う。
これから寝にゆく。その前にまず、息子にキスをして、彼の耳に二つの言葉をささやく。これから見るかも知れない夢に逆らって。
少し似通った二つの言葉を。
そのひとつは希望。

ザ スタンド THE STAND/深町眞理子=訳 本棚に戻る
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「サリー」
不明瞭なつぶやき。
「起きるんだ。サリー」
やや不明瞭なつぶやき一一ほっといてよ。
彼はいくらか強く揺すった。
「起きろったら、起きてくれ!」
チャーリー。
チャーリーの声だ。呼んでいる。いつごろから呼んでいたのだろう?
サリーは深い眠りの底から浮かび上がった。
まず目をやったのは、ナイトテーブルの時計。午前二時十五分。チャーリーがここにいること自体、あってはならないことだ。この時間なら、まだ勤務中のはず。そこではじめて夫のようすをはっきり見てとり、とたんに、なにかが身内に衝きあげてきた。なんらかのまがまがしい直感。
生きるとは、まさしく回転する車輪のごときもの、だれも長くはその上に立っていられない。
そしていつの場合も、車輪が一回転すれば、結局それはもとのところにもどってくるのである。

深夜勤務 NIGHT SHIFT /高畠文夫=訳本棚に戻る
我々は皆、シーツの下に横たわる死体の姿を思い浮かべるように、遅かれ早かれ、恐怖がどのような姿をしているのか気がつくようになる。われわれが抱くさまざまな恐怖が総合されて、ひとつの大きな恐怖になる。つまり、われわれの抱く恐怖はすべて、大きな恐怖の部分一一腕、脚、あるいは指や耳なのだ。シーツの下に横たわる死体は恐ろしい。それはわれわれ自身の死体なのだ。このように、恐怖小説というのは、それがわれわれ自身の死のリハーサルになっているからこそ、あらゆる時代を通じて大きな魅力があるわけである。一一中略一一そして恐怖小説の作者はあなたの手をとり、自分の掌で包むようにして、部屋に引っ張っていく。そこであなたの両手をシーツの下に導き、「さあ、ここに触ってみなさい…さ、ここに、さあ…」と促すのだ。一一スティーブン・キング「はしがき」より抜粋一一