ルース・レンデルの立ち読み


ロゥフィールド館の惨劇 A JUDGEMENT IN STONE 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
ユーニス・バーチマンがカヴァディル一家を殺したのは、読み書きができなかったためである。
これという動機や予測もなく、金のためでもなければ身の安全を守るためでもなかった。犯行の結果、ユーニス・バーチマンが文盲であることは、一家族あるいはひとにぎりの村びとばかりではない、全国、津々浦々に知れわたってしまった。殺人によって彼女鵜はなにひとつ得たものはなくわが身に災厄をもたらしたにすぎなかったが、その異常な心の片隅で、自分がなにひとつ果たしえないことは承知していたのだ。彼女の友人でありパートナーであった人物は狂人だったけれども、ユーニスはそうではなかった。二十世紀の女性の姿をかりた先祖返りの類人猿、恐ろしいまでに実際的な正気をもちあわせていた。
話にならぬほど軽すぎる量刑であると言うものもあった。だが、ユーニスは十分に罰せられたのだ。評決、あるいは刑の宣告の前に、決定的な一撃が加えられた。彼女の弁護士が、世界に、判事に検察官に警官に一般の傍聴人に、記者席でせっせとメモをとっている新聞記者に、彼女は読み書きができないと語った時に。
「文盲?」とマナトン判事殿は言った。「あなたは字が読めないのですか?」
彼に促されて彼女は答えた。真っ赤な顔をして震えながら答えた。そして彼女のような障害をもたぬ人がそれを書きとめるのを見た。
彼らは、ユーニスの根本的な欠陥を除去するよう励まして彼女を更正させようと試みた。彼女はがんとして拒んだ。もう手遅れなのだ。彼女を変えるにも、彼女のしたこと、彼女が引きおこしたことを避けるにも、もう手遅れなのだ。
ちり、もえがら、ごみ、欠乏、破滅、絶望desperate、狂気、死、狡猾、愚劣、言葉、かつら、くず、羊皮紙、強奪、先例、隠語、たわごと、ほうれん草(チャールズ ディケンズが小鳥たちに付けた名前からの引用) 。

わが目の悪魔 A DEMON IN MY VIEW 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
その地下室はいくつかの部屋に別れていた。いちばん奥のひとつを除くこれらの穴蔵のそれぞれに、通常、古い家屋の地下室をふさいでいるさまざまながらくたが詰まっていた一一こわれた自転車、振るい、黴の生えた皮製のトランク、木箱、足のない、あるいは腕のない椅子、いびのはいった磁器、紐でたばねた黄ばんだ古新聞の山、かつて、遠いむかしにはあれやこれやの機械、器具にとりつけられ、接続され、留めつけられていたのだろう正体不明、用途不明の金属の円筒や管や輪や螺旋などのたぐい。これらおんがらくたのすべてに、どんな地下室にもつきもののあの黒い煤が分厚くこびりついていた。いたるところに煤と菌類の匂いがただよっていた。
このがらくたの山のなかに、一本の細い通路が通っていた。それは階段から最初の扉のない戸口へ、さらに二番目の戸口へ、そこからさらにその奥の、がらんとした部屋へと通じていて、このつきあたりの部屋のなか、いまのところはまだ漆黒の闇に包まれて、だれの目にも触れぬところに、ひとつの女体がひっそりと壁にもたれていた。
「だめだ!できないと言っただろう。帰ってくれ、出てってくれ、わたしにかまわないでくれ!そして彼は両のかいなを高くあげ、ドアに身を投げかけた。
なにかが彼の背中、やや下側の左寄りに、激しい衝撃を加えた。その苦痛は想像を絶していた。彼は心臓の発作を、急な発作を起こしたのだと思った。 なぜならその苦痛を感じたのは、花火のはじけるような銃声を聞くよりもずっと、ずっと前、そして自分自身の叫びと、もう一人の男の驚愕と恐慌の叫びを聞くよりもずっと前だったからだ。両手であばら骨をつかみながら、アーサーはのけぞって倒れた。苦痛が真っ赤な奔流となって口から噴き出した。
すさまじい音をたてて、彼は階段をころげ落ちた。鮮血が深紅のスカーフのようにその身体にまつわりついた。勢いあまって、彼の身体はブライアン・カトウスキのドアにぶつかり、そしてそこで、手にあふれでる血のなかに、彼は心臓の最後の鼓動を感じたのだった。