毎朝、あるのは重力だけだ。吉田一彰は、しばらく目が覚めたという感覚もないまま、布団の上にだらりと伸びている自分の身体に重力を感じ続けた。
まだ四月初めだというのに汗ばんだ身体は、その朝もまた、手足がついているのかどうかもわからない生気のなさで、だるかった。身体と首でつながっている頭の方は、ほとんど地球にのめり込んでいた。今日は何曜日か。授業は何時からか。サークルの約束は。アルバイトは。
朝、目覚めるたびにその日の予定を思い出すのに時間がかかり、さらに、それらの予定が自分のことだと認識するのにまた少し時間がかかる。試験の日も、人に会う日も、引っ越しの日もいつもそうだった。 |
そしてある朝、李歐は『サイエンティフィック・アメリカン』誌の最新号を一彰に開いて見せ、「おい、これをやろう」と言い出した。それは、遺伝子組み替え技術で作り出された、さまざまな新しい品種の農作物の記事だったが、そうして輝き出した李歐の目には、事業についての閃きや経営戦略とは別に、一彰には想像のつかない新たな夢がまた一つ、早くも見え隠れしていたものだった。
五月、嫩江のほとりには五千本の桜が咲いた。李歐は、花の妖気に誘われるように昔と同じファルセットで「ホォンフ一一スィヤーアァ、ラニヤァミ、ランタァ、ラァンタァ」と唄った。薄い布を波のように振り流しながら、全身を春の喜びに震わせ、その手指と腕と脚で、大地と天空の光全部を抱くようにして踊った。 |