小野不由美の立ち読み


黒祠の島(こくしのしま 本棚に戻る
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その島は古名を夜叉島と言う。
九州北西部に位置する変哲もない島で、「夜叉」と一見禍々しい名も、島にある火山を夜叉だけと称したことに因んでいるにすぎない。火山を鬼神に喩えることは決して珍しいことではないし、そこには懼ればかりではなく、畏敬の念もまた含まれている。事実、この夜叉岳は古来、近辺を航海する海上民からは尊崇を受けていた。航行標識の未整備だった時代においては、海上に勃然として聳える標高四百メートルの山は恰好の目標物だったからである。
だが、その名も地図の上から消えて久しい。島が消失したわけでは、勿論ない。時代の趨勢に従って無害で凡庸な名に書き換えられてしまったのである。
・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・

屍鬼(しき) 本棚に戻る
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村は死によって包囲されている。渓流に 沿って拓けた村を、銛の穂先きの三角形 に封じ込めているのは樅の林だ。 樅の樹形は杉に似て端正、しかしながら 幾分、ずんぐりとしている。杉が鋭利な 刃物の先なら、樅は火影だ。灯心の先に ふっくらと点った炎の輪郭。 直通の幹、こころもち斜め上方に向かっ てまっすぐに伸ばされた枝と樹冠が作る 円錐形、葉は単純な針葉で、それが規則 正しく並ぶのではなく螺生するところだ けが、わずかに複雑だ。一一総じて淡々 とした木だと思う。 ・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・