昭和22年9月20日の函館湾。凄まじい台風に煽られた青函連絡船「層雲丸」が沈没した。海難史上空前の大惨事と報じられ、生存者324名、死者行方不明は532名にのぼった。しかし、この死者の数には乗員乗客数を上回る「謎の2名」の死体が含まれていた。
この事故があまりに大きかったためほとんど報道されなかったが、同日、函館から120キロほど離れた岩幌町では、町の3分の2近くが焼失する大火事が発生していた。やがて、この火災は放火であることが判明し、徐々にこの二つの惨事に奇妙な接点が見え始める。そして舞台は下北半島、東京、舞鶴と列島を駆け巡り、執拗に犯人を追う二人の刑事と戦後の混乱を独り生きる娼妓を呼び寄せる・・・
昭和29年に起きた青函連絡船洞爺丸の海難事故と、同日の北海道岩内町の大火にヒントを得て描かれた作品。あとがきの中で、水上氏は「私はこの作品を書いた頃から、推理小説への熱情を失っていた。つまり、約束ごとにしばられる小説の空しさについてであった」と書いている。「この種の小説の本道を裏切って、のっけに犯人を登場させたのだから、興味は謎解きにはなかった」とも。
なるほど!と膝を打った。確かに、読み始めてしばらくは推理に熱中したが、気がつくと「なぜ?」「どうして?」と登場人物達の心を覗き込んでいる自分がいた。
戦後の混乱期、誰もが物資の不足ばかりが原因ではない飢餓と貧困に喘いでいた時代、がむしゃらに道を開こうとした人々、日々の生を支え合った人々、それぞれの生きざまや事件の背景が語りかけてきたものはやさしく、逞しく、切なかった。
それにしても・・・時子を訪れた謎の男って・・・いったい誰???
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