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旅立つものと留まるものと
それぞれの未来への挑戦が始まろうとしている
はたしてどんな冒険が待ち受けていることか
生命は、自然は、いったい彼等にどんな夢を見せるのか……

スズメ・ウォーズ、いよいよラストスパート!
 

エピソード4:最後の一歩


●7月2日(日) 曇時々晴れ(31日め)脱出

昨日、買い物から帰ってくると寝室にピオの姿がない。いつもなら長い不在を咎めるようにぴゃーぴゃーうるさく抗議してくるのに、ディーディーがぽつんといるだけ。「おや、渡ったかな……」と居間に行って呼んでみると、腹ぺこピオがかん高い声でさえずりながら飛んできた。菊の字がいたので息を潜めていたらしい。
ピオは寝室から事務所前の廊下を通り、単身居間に向かうという冒険をやってのけたのだ。昼間は事務所にいるグッチ婆さんは、たぶん寝ていたのだろう。ピオは今朝はクローゼットの中を探検しており、徐々にテリトリーを拡大している。ソファーの隙間でかくれんぼしたり、RITZのTシャツを滑り降りたり、ティッシュと格闘したりと元気いっぱいのピオ。残る課題は自分で餌を食べることと上手な水浴び。。。
ディーディーは土産に買ってきた初めてのムキ餌を掌に乗せて食べさせてみると、大満足の様子。身体をふくらませて食べていた。殻付き餌は殻が外れる前に落としてちゃんと食べれなかったから、初めての味ということになるだろう。がむしゃらに食べていた。でも、問題はRITZの掌の上でなく、平地で食べること。ムキ餌を湿らせてタオルの上にばらまいてやると、これは転がらないし食べやすかったようで、なんとかつっ突く練習をしている。
が、ここで問題になるのはまたまたピオ。早くもムキ餌にぞっこんの様子。「らくちん」を追求する性格なのか、三たびリリースから遠ざかる・・・。とほほである。


●7月3日(月) 晴(32日め)ヒナの温もり……

「ハーブとイタリア料理教室」のイベントの仕込みで一日中駆けずり回ったが、2時間ごとにちび共の餌やりに戻るのでなかなかはかどらない。出かける前にさり気なく置いていた砂浴び用の砂が大いに乱れていたが、ピオに砂浴びをした気配はなく、ディーディーは砂だらけ。今度は砂に溺れたのだろう。やむなく、また出かける前に身体を拭いてやり、ひと仕事しながら乾くのを待つ。
わが家ではGONZOも菊の字もアレルギー持ちで冷暖房をあまり好まない。RITZも冷房よりは汗をかきながらでも自然の風を感じる方が好きなので、わが家には冷暖房機がない。だが、海辺の家は風さえあれば凌ぎやすく、夕方になるとすっと冷えてくる。今も窓から心地よい風が入ってくる・・・が、左掌と首にはぺったりとちび共が貼り付いうて乾燥待ち。水に濡れて体温はさらに上がり、35度を越す。小さなアンカが乗っているのも同然で、暑苦しいことこの上ない。。こんな時には冷房が……恋しい。。。


●7月4日(火) 晴(33日め)持ち逃げ

今日もイベント関連で一日中机仕事。連日ちっとも構えないせいかで、マックには近付こうとしなかったピオが徐々に寄って来ている。昼食のあと机に戻ると、キーボードの上に足跡ならぬ糞跡が……。見回すとマックの上にも。。ヤバイことになってきた。またちょんの字のように伝票を持ち逃げするようになるのかも。。。
夕方、ふと見ると練り餌を入れた器の中に頭を突っ込んで、ピオが逆立ちしていた。じたばたした後、練り餌を少々持ち逃げしては食べ、これを何度も繰り返していた。あまり見られた格好ではないが、リリースに一歩近付いたことは間違いないだろう。久々のアオムシも上手に食べた。ディーディーはアオムシを見ると逃げ腰になる。。


●7月5日(水) 晴(34日め)確かな証拠

ピオとディーディーの居住区である寝室にGONZOが入ってくると、ピオは飛び上がり、ディーディーは転がる。ディーディーはたまにGONZOの掌にお邪魔するのでずいぶん慣れてきたが、ピオはGONZOが近くに来ると逃げまどう。だけど、昨夜はボロかごから脱走したものの淋しかったのか、側にGONZOがいるにもかかわらずRITZの頭から離れなかった。
そして今朝のこと。「だ〜れが怖いって〜?」とGONZO。ピオは、どうやら寝ているGONZOの頭の上で遊んでいたらしい。確かな証拠が残っていた。。。


●7月6日(木) 晴(35日め)ディーディーの鳥かご

明日はどうしても長時間の外出を避けられない。ピオはなんとか大丈夫だが、ディーディーの世話はGONZOにはできないので、相談した結果連れて行くしかないという結論になった。ちょっと不安だが、他に方法はない。そんなわけで、昨日、ついに新品の鳥かごを買った。どうやら空には戻れそうにないディーディーが長く暮らすことになる住処なので、ちょっと高かったが奮発した。
ぶつかっても怪我をせず、できる限り広く、できる限り見晴しの良い住処を、そんなものあるのか……と思いつつ探していたのだが、ついに発見。透明なプラスティック製で下の方はガラス張りのように見晴しが良く、飛べないディーディーには最適だと思う。素材が全体に柔らかく丸みを帯びているので怪我の心配もあまりなく、小さなディーディーには広すぎる気もするが、どうやら気に入ってくれた様子。少し窮屈だろうが、これで窓の桟に挟まったり、隅っこや棚下に入り込んで動けなくなる心配もなくなった。夜、新しいかごに自ら便乗入居したピオは、かなり長い間「出せー!」と暴れ狂っていた。
RITZは今日もイベントの仕込みで出たり入ったりなので、鳥かごの天井をはずして出かけてみた。すると、覗く度にピオはディーディーに付き添うように一緒にかごの止まり木に止まっていた。なんとなく一安心と思っていたのだが、夜には逃げまどうピオを追いかけること30分。部屋を暗くして落ち着かせ、なだめすかして餌を食べさせ、“おちょぼ口遊び食い”に付き合うこと30分。明日には4〜5時間独りぼっちになると知ってか知らずか、知るわけないが、大いに甘えるピオであった。


●7月7日(金) 晴(36日め)ダースベーダー・グッチの逆襲

ちび共が我が家の家族になってから、寝坊助RITZの起床時間は早朝6時になった。一ヶ月を過ぎて早起きにも馴染んできた頃ではあるが、ここに来てさらに起床時間が早まるという事態・・・ダースベーダー・グッチの逆襲である。
19年と半年という長きに渡って一緒に暮らしていると猫も人も似てくるもので、すっかり寝坊助になっていた筈のグッチ婆さんはこのところ毎朝5時の食事を主張するようになった。朝食を食べるようになったRITZを見習ってのことかい……!? 夜明けと共に賑やかになるちび共を差し置いてのけたたましいモーニングコールが始まると、ちび共も静かに形を潜めている。
早めの朝食にありついたグッチ婆さんがキッチンで猛烈な食欲を見せている間、ピオはガツガツ朝食を済ませると部屋中を飛び回る。ディーディーは朝食も済ませないうちに掌の上で居眠りをこき始め、RITZも然り……。弱った一羽と一人、しばし惰眠をむさぼる。

午後、出かける前に少しは慣らしておくかと、ディーディーを掌にテラスに出てみた。ディーディーは怖がる様子もなく空に向かおうと翼をばたつかせ、針槐の木で鳴き交わすたくさんのスズメに向かって、ちいさな声で必死に鳴き続けた。お前もみんなと一緒にいるはずだったのにね。巣の中で目が開いたら、こんな景色を見たのだよ……と、急に悲しくなった。
力なく羽ばたくちいさな翼は空を駆け巡るためにあるのに、どうして?と問いかけるようなちいさな二つの目は、私ではなくもっともっといろんな世界を見るためにあるのに・・・飛べないすずめはこれからどんな夢を見るのだろう?空の子供が空に帰れないなんて、こんなちっぽけな掌の上で暮らすなんて……。


●7月8日(土) 晴(37日め)初めての遠出と初めてのおるす番

昨日、ディーディーは初めての長時間ドライブを体験。しっかり立つことができないので鳥かごの中では転がり回って危ない。やむなくベッド用の小箱をなんとかシートベルトで固定して冒険は始まった。道中は静かなもので寝ているものと安心していたが、間もなく到着という辺りでふと見ると、ディーディーは箱の上にかけてあった布の上にちんまりと落ち着いて、外の景色など眺めていた。
大きなバッグを背負って、鳥かご片手にディーディーのベッド片手に目的地のレストランへ。打ち合わせの間は鳥かごの中でこれまた静かに過ごしていたが、餌の時間にかごに手を入れると、飛びついてきたディーディーの身体は冷房で冷えきって震えていた。餌を与え、後半はディーディーを片手に打ち合わせを進める羽目に。……となるとじっとしていないディーディー、テーブルに集う面々の顔を見回したり隠れたり、それでもなんとか打ち合わせは無事終了。
帰り道、今度は少しもジッとしていないディーディーを半分無視してドライブしながら、車の中は案外柔らかいところが多いのだと感心。途中餌やりと座席から転落したディーディーの回収に5回程車を止め、なんとか我が家に辿り着いたら・・・置いてきぼりピオの怒り混じりの熱列歓迎つっ突きキスの嵐。顔を隠すと首のホクロ攻撃へと的を絞り、攻撃は容赦なく続いた。。
そして今日、一番疲れたのは自分なのだと悟ったRITZであった。顔はヒリヒリ、首はチクチク、元気なちび共が満腹の間は惰眠を貪った。。


●7月9日(日) 晴(38日め)空の子供は鳥になれずに星になった

いつもの朝、何もかもいつものように続くと思っていた朝、ディーディーが固く冷たくなっていた。
いつものように箱のベッドのタオルに顔を突っ込むように、まだ眠っているかのように。ただ、冷たかった。
のらくら過ごした昨日の夕方から夜にかけて、手から下ろすと必死に掌めがけて這い上がってくるディーディーを、なんで今日はこんなに甘えるのだろうと、一昨日冷房で冷え過ぎたし今日も涼しいからかなと、ずっと掌に乗せていた。弱っている気配などどこにもなかったが、いつになくピーピー鳴き通しだった。今になって思えば、なんらかの信号を発していたのだろうと思う。苦しかったのか、痛かったのか……。暗くなる前にいつものように殻付き餌を食べる練習をさせて、30分頑張っても喉を通るのは2、3粒で、それでも明日があると思っていた。そして、いつものように餌袋がパンパンになる程餌を食べさせて、鳥かごに入れた。
小鳥の死はあっけない。ずっと、朝触れる度に冷たくなっているのではないかと不安だった。一日に何度も軽いひきつけを起こした時には、このまま死んでしまうのではないかと気が気でなかった。夜にはタオルに潜り込んだディーディーに触れて、その温もりに安堵したものだった。いつ何があってもと覚悟もしていたつもりだったが、体調が安定すると共に、いつの間にかずっとこのまま元気なのだと、ずっと一緒に暮らすのだと信じる気持ちの方が大きくなっていた。私は、どこかで油断していたのかもしれない。
映画「GI.ジェーン」の中のセリフを思い出す。「鳥は止まっている枝から落ちて命尽きるその瞬間まで、己の生涯を一つとして後悔することはない」というような引用だったと思う。ディーディーもそうだったろう。好奇心旺盛で、一生懸命で、何を疑うことも何を迷うこともなく短い日々をひたすらに生き抜いたのだろう。
だけど、ここは自然の中ではない。ディーディーの命は私が握っていたも同然だ。餌が不十分だったのか、運動が足りなかったのか、いや、多すぎたのかもしれない。やはり遠出がストレスになったのだろうか。座席から落ちた時にひどい衝撃があったのかもしれない。冷房で冷やしてしまった上に、夜中に寒かったのではないか……数え上げればきりがない。それほどに雑把な育て方をしていたのかもしれない。鳥たちが自然の中で享受されるものを全て人間が与えられるはずはないが、もっとなんとかできたのではないかと後悔は後を断たない。
でも、ひきつける度の苦しそうな様子を思い返せば、これで良かったのかもしれないと思う気持ちもある。ディーディーはディーディーの寿命を全うしたのだと。ちいさなちいさな空の子供は、大空を翔けることができなかった空の子供は、その眼を閉じて空の星になった。いつか流れ星になってこの世界へ戻って来る時には、もう一度スズメになって、思いきり空を翔ぼうね、ディーディー。ごめんね、ディーディー


●7月10日(日) 雨(39日め)ピオ、自立への難関

空っぽの掌と主のいなくなった鳥かごを眺めながら、ちいさなディーディーの大きな喪失感を持て余しながらの長い一日が明けた。スズメより早起きのダースベーダー・グッチの早朝攻撃にドアを椅子で塞ぐという作戦で対抗してみたものの、けたたましい朝鳴きは防ぎ様もなく、またもや5時起床。腹ぺこグッチ&ピオは今日も元気満々、RITZばかりがしょぼくれてもいられない。
今日は崎戸島での最終打ち合わせ。また長い外出になる。明日からはいよいよイベントに突入。三日間は留守になる。気合いを入れ直して、まずはピオを便乗型依存症から自立させねばならない。GONZOによるとRITZがいない時にはしっかり殻付き餌を食べているらしい。今日は練り餌も器から食べる訓練を始めた。嫌々そうにではあるが、なんとか成功。これでピオの留守番が確定した。ディーディーのように危険な目には遭わせられない。頑張れ、ピオ!自分の腹は自分で満たせ!三日間、自力で生き抜くのだ!これはかなりのスパルタ訓練になりそうだ。が、じつは心配でならない。。


●7月11日(日) 雨(40日め)お留守番

去年、ちょんの字はちょうど40日で旅立った。ちょんの字は怪我がなく独立心もなかなか旺盛だったが、ピオは・・・となるとやはり不安である。まだまだ慎重になった方がよさそうだ。
今日から三日間、RITZはほとんど家を空けることになる。その間二日はGONZOが見てくれるが、一日だけはピオとグッチと菊の字と・・・不安だ。。昨夜からは、このところ気に入って巣の代用にしている天井の照明器具と天井の間にすっぽりはまり込んで、器用に寝ている。連れていって大勢の人間の中で恐怖を感じさせたり、見知らぬ部屋の中でかごに閉じ込めて不安な窮屈な思いをさせるよりはマシだろう。頑張ってくれ、ピオ!

つづく

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