トマス・ハリスの立ち読み


ハンニバル 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
クラリス・スターリングのマスタングは、轟音と共にマサチューセッツ・アヴェニューに面したATF(アルコール・タバコ・火器取締局)本部への進入路を駆けあがった。そこは経費節減のために、文鮮明師から賃借りしている建物だった。 賢明なバーニーはいち早くこの街を去った。われわれもまた、彼を見習おうではないか。あのカップルのどちらに見つかろうとも、ただではすまないのだから。知るのを控えてこそ、長生きもできるのだ。

羊たちの沈黙 本棚に戻る
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FBIの中で連続殺人事件を扱う行動科学科は、クワンティコのFBIアカデミイの建物の一番下にあって、半ば地中に埋まっている。クラリス・スターリングは射撃訓練場のホゥガンズ・アリイカラ…… しかし、暖炉の明かりでバラ色になっている枕の上の顔はまぎれもなくクラリス・スターリングの顔で、小羊たちが沈黙している中で甘く深い眠りに落ちている。

レッド・ドラゴン 本棚に戻る
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ウィル・グレアムは家と海の中間に置いた野外食事用のテーブルにクロフォードを座らせると、アイス・ティーをグラスについで出した。
ジャック・クロフォードは明るい陽射しを受けて白銀色に光る木造の、感じのいい古びた家を見た。それから一一「君が仕事で出かけたときマラソンでつかまえリゃよかったよ。ここで事件の話をするのはいやだろうからな」
「どこでだっていやだよ、ジャック。しかし君がどうしてもってなら話そう。ただ写真だけは出さんでくれ。もし持ってるならブリーフケースに入れたままにしとくんだな……モリーとウィルがもうすぐ帰ってくるだろうし」
しかし殺人という行為を不愉快ながらも十分理解していた。
人類の偉大な肉体の中で……文明を志向する人間の心の中で、われわれが自分自身でコントロールしているよこしまな衝動や、そうした衝動の暗い本能的な知覚が、肉体が入らせまいと防御する有害なヴィールスのように機能するのだろうか。
昔ながらのおそろしい衝動が、ワクチンを作るヴィールスなのだろうか。
一一そうだ、おれはシャイローを誤解していた。シャイローは取り憑かれてなどいない……取り憑かれているのは人間なんだ……シャイローは何とも思っちゃいないのだ……。

ブラックサンデー 本棚に戻る
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太陽が沈みつつあった。空港からベイルート市内までの六マイルの距離の海岸道路を、ダーリア・イアドを乗せたタクシーが走っていた。後部座席から眺める地中海は、打ち寄せる幾多の波がしらを、その日最後の陽光にみずから灰色へと変えていくところだ。ダーリアはアメリカに残してきた男のことを考えていた。ベイルートに到着したら、このアメリカ人について、あれやこれやと質問を浴びせられるはずだった。
タクシーはヴェルダン街に入ると、狭い道路を縫うようにして、市の中心部にあるサプラ難民地区へ向かった。運転手は指図をされなくても、要領を心得ていた。ジェル・エル・ナケル街に近づくと、用心深い目でバックミラーを……
風が冷たく河面をわたってきた。モシェフスキーは上着を脱いで、レイチェルの肩にかけてやった。それは彼女の膝まで届いた。
最後に、先導艇が長い汽笛を吹き鳴らすと、警察艇はいっせいに凌渫機械を引き揚げて、下流へ向かって動きだした。艇隊が影を消すと、河の面に見えるものは何もなくなって、巨大な水の流れが海へ向かっているだけだった。そしてレイチェルは、モシェフスキーの喉が、首を絞められたような異様な音を響かせるのを聞いた。彼は顔をそむけていた。彼女は彼の胸に頬を押しつけ、両腕をできるだけ伸ばして腰を抱いた。暑い涙が頭髪にふりかかった。かの城は彼の手をとって、子供を扱うように、岸へ導いた。