太陽が沈みつつあった。空港からベイルート市内までの六マイルの距離の海岸道路を、ダーリア・イアドを乗せたタクシーが走っていた。後部座席から眺める地中海は、打ち寄せる幾多の波がしらを、その日最後の陽光にみずから灰色へと変えていくところだ。ダーリアはアメリカに残してきた男のことを考えていた。ベイルートに到着したら、このアメリカ人について、あれやこれやと質問を浴びせられるはずだった。
タクシーはヴェルダン街に入ると、狭い道路を縫うようにして、市の中心部にあるサプラ難民地区へ向かった。運転手は指図をされなくても、要領を心得ていた。ジェル・エル・ナケル街に近づくと、用心深い目でバックミラーを…… |
風が冷たく河面をわたってきた。モシェフスキーは上着を脱いで、レイチェルの肩にかけてやった。それは彼女の膝まで届いた。
最後に、先導艇が長い汽笛を吹き鳴らすと、警察艇はいっせいに凌渫機械を引き揚げて、下流へ向かって動きだした。艇隊が影を消すと、河の面に見えるものは何もなくなって、巨大な水の流れが海へ向かっているだけだった。そしてレイチェルは、モシェフスキーの喉が、首を絞められたような異様な音を響かせるのを聞いた。彼は顔をそむけていた。彼女は彼の胸に頬を押しつけ、両腕をできるだけ伸ばして腰を抱いた。暑い涙が頭髪にふりかかった。かの城は彼の手をとって、子供を扱うように、岸へ導いた。 |