ふてぶてしくも敬称略させていただきます!
幼い頃、病弱だった私はよく学校を休まされていた。家族が出払った家の中でひとり、漫画ばかり読んで過ごしていたように思う。小学校四年生になるちょっと前、その頃もなにかの病気で家に閉じ込められ、ぐずぐず泣いたり癇癪を起こしたりしていた記憶がある。そんな私に、当時大学に通い始めたばかりの姉が奮発して買ってきてくれた誕生日のプレゼントが『宮沢賢治全集』だった。 賢治の童話集は早くも活字嫌いだった私を初めて夢中にさせた。『セロ弾きのゴーシュ』の不思議が何度も何度もページをめくらせ、『よだかの星』が悲しくて涙を流した。そして『注文の多い料理店』のハラハラドキドキするストーリーこそが、怪奇と幻想の世界に惹き付けられた私の、まさに第一歩だったのではないかと思っている。以来、たくさんの作家や物語との出会いが私の人生により愉しく豊かな彩りを与えてくれた。読書の愉しみなくしては、人生は今の半分も面白くはなかっただろう。 当時、十も歳の離れた姉妹には共通の興味もなく、共通の時もなく、ひとつ屋根の下に暮らす同居人でしかなかった。だが、姉がプレゼントしてくれた一冊の本は、初めて二人の共通の話題となった。やがて、すでにボロボロになってはいたもののテープで補強された『宮沢賢治全集』は、私から姉の三人の子供たちの手に次々と渡っていった。姉は子育ての側で宮沢賢治の研究をするようになり、子供たちも私もその研究成果を聞いては楽しんだ。あれから数十年を経て、いまでは親友のような姉と私の間には、あの一冊の本の見えない存在が確かに在るのだと思うことがある。大学生だった姉がはたいたお小遣いの重みに、私は今もこっそりと微笑んでしまう。 注文の多い料理店 >>> 序文を読む? 本文を読む? |