■死ぬかと思った ■罠にはまった ■胸にこたえた ■腹がよじれた ■寝るかと思った

横山秀夫の書庫


ベストセラー

「これは面白いなぁ」……という独り言に興味が膨らみ開いてみたダンナの読みかけの一冊「動機」。いきなりぐいぐいと引き込まれ、「返せよ〜」という言葉も無視して読み耽ってしまいました。追っかけてみたい作家との新たな出会いの予感が確かにありました。/2001年

涙を飲んで選ぶオススメの一冊
半落ち

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震度
初版30.Jul.'2005/朝日新聞社(2002年夏〜冬季号、「小説トリッパー」2003年夏〜冬季号に連載されたものに、大幅に加筆・修正)/装幀:井上則人/'06年読
ブックマーク

阪神大震災が勃発した朝、N県警の金看板を背負う最高幹部の一人が失踪した。蒸発か?事件か?それとも・・・人望厚い警務課長の失踪にN県警が揺れる。「この件はトップシークレットです」・・・キャリア組の本部長と警務部長、準キャリアの警備部長、ノンキャリアの刑事部長・生活安全部長・交通安全部長からなる6人の幹部は、それぞれの思惑を胸に独自の捜査を展開し、それぞれに得た情報を隠し玉として主導権あるいは出世の確約を奪い合う。
「公社銀座」と揶揄される公社で隣合って暮らす幹部とそれぞれの妻たち。ずらずら出てくる登場人物と各々の所帯の並び具合が気になり、読み始めはページを繰ったり戻したりでなかなか進まなかったが、後半を過ぎるとグイグイ読み進んだ。「キャリア VS 地元の叩き上げ」という横山氏が描き続ける警察内部の対立をベースに、妻たちも巻き込んでの利害、保身、裏切り、競争を赤裸々に描きながら、人間の怖さを存分に思い知らせてくれる。
また、噂が情報となり、情報が憶測を纏っていつしか警務課長の別人格を作り上げていく過程や、刻一刻と拡大する大震災の被害報道さえも幹部たちの眼の端を流れ過ぎるといった描写が空恐ろしく、思わず「刑事の気概はどこにいった!!!」と叫びたくなった。オチをぼかしたところが、唯一の慰めになった。

著者からのメッセージ
「情報は、時として魔物と化す。この小説の主人公は“情報”かもしれない」


踏み
消息・刻印・抱擁・業火・使徒・遺言・行方

初版20.Nov.'2003/祥伝社(2000年4月号から2002年12月号にかけて「小説NON」に掲載された)/'05年読
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ノビ師・真壁修一が服役を終えて出所した。ノビ師とは寝静まった民家を狙って現金を盗み出す忍び込みのプロであり、取り調べに対して決して口を割らない真壁のしたたかさに、刑事たちからは“ノビカベ”と綽名されている。出所後の真壁がまっ先に向かったのは図書館、そして事件を担当した刈谷署だった。二年前に逮捕された夜、忍び込んだ家の女のことを調べるために。あの夜、女は夫を焼き殺そうとしていた・・・十五年前、家族を呑み込んだ火災の記憶が真壁の中で蘇る。
横山秀夫氏にしては珍しくホラーのエッセンスを盛り込んだ異色のサスペンス。「炎」「双子」というキーワードを軸に、クールなノビ師・真壁といつまでも大人になれない双子の弟・啓二のやりとりが狂言廻し的な役割を担いながら、いくつかの哀しいストーリが綴られていく。「事件」や「捜査」のリアルな描写だけに留まらないストーリーテラーとしての横山氏の本領が随所に発揮されている。

横山秀夫 第三の時効
初版10.Feb.'2003/集英社/装丁=多田和博、写真=ゲッティー イメージズ/'03年読
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F県警捜査一課の「強行犯捜査係の刑事たちは一筋縄ではいかない。一班の朽木。二班の楠見。三班の村瀬。課内の覇権を激しく競り合う彼らは、ともすれば田畑(課長)の指示を無視して独断で突っ走る」・・・常日頃から企業戦士顔負けの手柄争いをくり返している三つの班のあからさまな確執を背景に、次から次へと起こる事件の中で絡み合う辣腕刑事たちの熱が迸る短編仕立ての一册。ふっと八七分署シリーズを思い出し、にんまり。

沈黙のアリバイ
「私は無実です!」「私にはアリバイがあるんです!」・・・「落ちた」はずの『パチンコ店現金集配車強奪』の共犯者は、法廷で叫んだ。強行一班の青鬼と恐れられる朽木班長がじっくりとアリバイ崩しに挑む。

第三の時効
午前零時。時効成立。だが、真の時効成立は七日後の午前零時だ・・・「冷血」の異名をとり、「あんたの捜査は外道だ」と部下たちに言わしめる元公安刑事、楠見班長の冷徹な搦手(からめて)が光る。これはスゴイ!

囚人のジレンマ
「田畑は事件で食ってきたが、彼らは事件を食って生きてきた」・・・相次ぐ事件と部下の掌握に頭を抱える捜査一課長の田畑は、人情派の老刑事の退官を前に、日頃睨み合う刑事たちの密かな連係プレーを見る。さすがのストーリー。

密室の抜け穴
署内だけでなく、班内でも熾烈な競争が耐えない三班。部下たちのしのぎ合いの中で、「動物的カンの持ち主」であり、「捜査の天才」と称される三班班長の村瀬の人となりが浮かび上がる。

ペルソナ(仮面)の微笑
幼い子供を使って事件を起こす、これを警察用語では「傀儡(くぐつ)」と言うらしい。幼児期に誘拐犯に利用され刑事をめざした男が、似たような「傀儡」事件の捜査に当たる。共にペルソナの微笑を張り付けた刑事と少年の、取調室での仮面の剥がし合いの描写は見事!の一語に尽きる。

モノクロームの反転
五歳の子供を含めた一家三人惨殺事件・・・捜査一課長の田畑は通例を無視して一班と三班を事件に同時投入した。上層部も気を揉む班同士の競合、熾烈な捜査の先取り合戦の最中、一班の朽木班長が見たものは……?ラストを飾るにふさわしい一章。


横山秀夫 深追い:短編集
深追い・又聞き・引き継ぎ・訳あり・締め出し・仕返し・人ごと
初版15.Dec.'2002/実業之日本社/装幀=多田和博、写真=青木宏興(アマナイメージズ)/'03年読
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「コンヤハ カレー デス」・・・事故死した夫のポケベルに夕食のメニューを送り続ける妻の心に迫る『深追い』ほか、郊外にある“三ツ鐘村”と揶揄される三ツ鐘警察署を舞台に綴られた短編集。『半落ち』の直後に読んでしまったもので、比べるともの足りない気もして、ちょっと勿体無いことをしたかなぁ……と思いつつ、いつの間にやらすいすいと一日で読みきっていた。とくに目を惹く事件もなく、眼を凝らすような謎解きもないのに、気がつけば淡々とした主人公たちのつぶやきに寄り添っている。うむ、横山秀夫氏の短編はそれほど巧いのだ!
それぞれが独立したストーリーになっているのだが、ひとつひとつと読み進むうちに、警察官としての“個”とひとりの人間としての“個”の葛藤を通して、また主人公たちそれぞれのスタンスから見た警察の有り様を通して、良くも悪くも極めて特殊な警察という“組織”が立体的に浮かび上がってくる。いや、参りました。
個人的には『深追い』と、『人ごと』に見られる楚々としたやさしさが好きだ。

顔 FACE
魔女狩り・決別の春・疑惑のデッサン・共犯者・心の銃口
初版15.Apr.'2005/徳間文庫(2002年10月に徳間書店より刊行)/'05年読
ブックマーク
横山秀夫氏のデビュー作である短編集『陰の季節』で描かれた懐かしいD県警。この中の短編“黒い線”に登場した鑑識課婦警、平野瑞穂巡査が主役となって活躍する連作短編集。ついにヒロインの登場だ!
とは言え、秘書課の広報公聴係に配属された平野瑞穂は、日々の雑務に追われながら、ため息混じりに仕事をこなしている。一日も早く、機動鑑識班の一員として犯人の似顔絵を描く専門職に戻りたい・・・そんな瑞穂に、時期外れの配転の命が下りた。
「この部屋には婦警なんぞいらん」「だから女は使えねぇ!」男社会の警察組織の中で、軋轢に耐えながら踏ん張る婦警たちの姿、過去のトラブルを抱えながらも一歩、また一歩と成長していく瑞穂を通して、警察組織の新たな一面が垣間見える。まだまだ甘ちゃんだった似顔絵婦警・平野瑞穂が、追い詰めた犯人の胸にピタリと指鉄砲の銃口を据えるラストシーンは素晴らしい。“心の銃口”は珠玉の短編として記憶に残りそうだ。

横山秀夫 半落ち:W県警本部捜査第一課強行犯を中心とした初の長篇
初版5.Sep.'2002/講談社/'02年読
ブックマーク
実直にして多くの信頼を集める現役の警官梶聡一郎は病苦の妻を扼殺し、二日後に自首した。証拠に問題なし。だが、殺害から自主までの「空白の二日間」にW県警が揺れる中、梶は頑なに口を閉ざす。半落ち・・・真実は語られぬままに決着が着こうとしていた。自首直前に梶が残した遺筆『人間五十年』という言葉に込められた梶の思いとはなにか?
アルツハイマー、在宅介護、司法機関同士の軋轢、組織と個人一一さまざまなテーマを背景に、死に向かう梶を守ろうとする男たち。読み始めた途端から一気に引き込まれ、最後まで緊迫感が途切れることがない。最後に大きなため息と共に、人間って、捨てたもんじゃないなぁ〜!・・・と感涙にむせた。絶対にお薦めの一冊!

横山秀夫 短編集:動機動機 逆転の夏 ネタ元 密室の人
初版10.Oct.'2000/文藝春秋/第53回日本推理作家協会賞短編部門賞受賞作/'01年読
ブックマーク
『事件』の周りで生きる『人間』に焦点をあてた4つのストーリー。硬派で地味な文体が訥々と綴る物語は切なく哀しいものだが、人間味に溢れ、クールな中に暖かさを感じさせ、読後には爽快感が残る。「動機」は並外れて面白く、この本との出会いに興奮した。「密室の人」はそこはかとなく美しく、読み返す度に味わいが深まる。
推理作家協会賞を受賞しているが、直木賞候補にも上げられ、2000年の「このミス」国内部門第二位という快挙にも輝いた。そうだろ、そうだろ、確かにスゴイのだ!横山氏の他の作品も読んでみたくなった。

横山秀夫 陰の季節>陰の季節・地の声・黒い線・鞄
初版10.Oct.'1998/文藝春秋/第5回松本清張賞受賞作/'03年読
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任期切れの天下り先ポストに固執する大物OBの説得を任されたD県警人事係のエース二渡真治は、頑なに辞職を拒む元刑事の周囲を探るうち、ある未解決事件に行き当たる(陰の季節)。組織全体の危機管理を担う人事係、監察課に届いた一通の密告文書を追う監察官、突然失踪した若い婦警を追う鑑識課の婦警、県議会で議員が警察に突き付けるという爆弾質問に翻弄される秘書課のエリート・・・警察小説でありながら、捜査畑の刑事(いわゆるデカ)ではなく、管理部門に籍を置くデスクワーカーたちを主人公に据えた短編集。
D県警を舞台に、それぞれの主人公たちが一個の人間として、家族の一員として、そして警察社会の一員として苦悩する姿を背景に、警察内部の出世競争、手柄競争、エリート意識、野心などを鮮やかに炙り出していく。「まったく新しい警察小説の誕生!」と松本清張賞選考委員の激賞を浴びた「陰の季節」をはじめ、いずれもピリッと引き締まった秀逸な短編ばかり。


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