薬丸 岳の立ち読み


天使のナイフ 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行

愛美が泣いている。
朝食の準備をしていた桧山貴志は、慌てて寝室を覗き込んだ。床一面に愛美の服が散乱している。衣装ダンスの一番下の引き出しを引っかきまわしている愛美を見て、檜山はあっと思った。
「パパ、ももちゃんは?」
娘の悲痛な眼に射すくめられ、ばつの悪い思いでベランダを指さした。ももちゃんとは、娘が大好きなウサギのキャラクターで、それを胸にあしらったTシャツは、保育園で一緒の勉くんの次に大切な、愛美の友だちである。数日続いた雨の中、物干しに吊るしたままになっていた。
ベランダを見つめながら、愛美はさらにボリュームを上げて泣いた。きっと自分の大切なお友だちを雨ざらしにする、なんてひどい父親だろうと思っているに違いない。
愛美に朝食を食べさせている間に、檜山はももちゃんをドライヤーで乾かしていった。どうやら今日も、新聞と朝食にありつけそうにないが、娘の満足そうなえくぼを見ていると、そんなことはどうでもいいと思えてきた。

・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・