篠田節子の立ち読み


ハルモニア 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
岩肌に貼りつくように繁茂しているハマボウフウの葉を揺らしながら、湿った風が吹き下ろしてくる。
海は凪いでいる。切り立った崖が水面に藍色の影を落とす海岸線に、抱えられるようにして白砂の浜がある。
・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・

女たちのジハード (聖戦) 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
男は先程から康子の手を握り締めている。誰にもさらわれまいとでもするように、固く握り締めたまま、渋谷の雑踏を泳いでいく。
十一月の半ばだというのに、風は頬を切るように冷たい。しかし、真冬のしんと張り詰めた寒さと違い、この時期に訪れる寒波というのは、奇妙に心を急かせる。
世の中に、「普通のOL」などという人種はいないし、「普通の人生」もない。いくつもの結節点で一つ一つ判断を迫られながら、結局、たった一つの自分の人生を選びとる。
今、それまで予想もしなかった方向に向かい、慎重な一歩を踏み出そうとしている。目を閉じると降るようなひぐらしの声が聞こえてきた。

ゴサインタン (神の座) 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
淑子に会ったのは、猫の死んだ日だった。三月に入ったというのに、ちょうど季節が一ヶ月戻ったように冷え込んだ朝、結木輝和は、脇の下にすっと風の通る感じで目覚めた。 ……身体は丈夫だ。酒はあまり飲まない。妻を蹴ったりすることは二度としない。畑仕事は得意だ。」その言葉の意味を理解したかのように、カルパナ・タミは輝くばかりに無邪気な笑顔を見せた。

夏の災厄 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
十一月も終わり、数日間、ひどく冷え込んだ後、初秋を思わせる陽気になった。午後の陽射しの眩しさに顔をしかめながら、小西誠は車の揺れに身をまかせていた。昭川市保険センターの一行を乗せたマイクロバスは、市のはずれ、窪山地区の曲りくねった山道に入ったところだ。 夜が訪れると、美術館の裏手に、前衛作家の指先がきまぐれに夜行塗料を塗りたくったような、あの青白い光が現れる。が、都会人の多くはそんなことに関心を払うほど暇ではない。
あと数カ月で、再び、夏が来る。

聖 域 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
出版部数三千部、と言えば、雑誌としては異例の少なさだが、実際に売れているのは、せいぜいその半分だとも言われている。
もとは月刊だった文芸誌「山陵」が、赤字がかさんで季刊に変わったこの春……
・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・