岩井志麻子の立ち読み


夜啼きの森 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
誰が泣いとるんじゃろうか。いや、何が啼いとるんじゃろうか。
聞こえんのかな、あんた方にゃ。聞こえんなら聞こえんでええでしょう。わたしが変なんじゃけえな。
普通、こねえな婆さんになったら耳は遠ゆうなるはずじゃけど、わたしは違うんですらぁ。と言うても、肝心な物音はやっぱりよう聞こえんのです。
冴えて聞こえるんは、この世にない音ばっかしじゃ。それはわたしが、もうあの世の方が近い婆さんじゃからと思われますかな。
いんにゃ。これは、子供の時分、娘の時分からなんじゃわ。なんでかわたしは、聞こえんはずの音が聞こえるだけでなしに、妙なところで物覚えが良すぎたり、勘が働きすぎたりしてなぁ。
……おや、誰が泣いとるんじゃろうか。いや、何が啼いとるんじゃろうか。
聞こえんのかな、あんた方にゃ。聞こえんなら聞こえんでええでしょう。わたしが変なんじゃけえな。
普通、こねえな婆さんになったら耳は遠ゆうなるはずじゃけど、わたしは違うんですらぁ。と言うても、肝心な物音はやっぱりよう聞こえんのです。
冴えて聞こえるんは、この世にない音ばっかしじゃ。それはわたしが、もうあの世の方が近い婆さんじゃからと思われますかな。
いんにゃ。これは、子供の時分、娘の時分からなんじゃわ。なんでかわたしは、聞こえんはずの音が聞こえるだけでなしに、妙なところで物覚えが良すぎたり、勘が働きすぎたりしてなぁ。
今もあの森で、わたしの可愛い弟と、従兄の孫は啼いとるんです。わたしにゃあ、聞こえてくるんです。何せほれ、あねえに大きな満月が昇ったけん一一。

岡山女 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
惨劇が秋雨の宵だったためか、雨が降り始めると傷はさらに痛んだ。そうして雨は別の痛みも呼び覚ました。タミエはその様々な幻のうちに、明日起こる事柄やとうに死んだ者達の姿をも映し出せるようになっていたのだ。
初めは雨の日に幾つか偶然に見えるだけだったのが、そのうち晴れた日にも意識を集中すれば見えるようになった。
残った右目に映るのではない。失われた左目に映るのだ。西川の劇場が火事になることを予告し、隣の県議の家の三年前に死んだご隠居が、庭の松の木の下に隠し金の壷を埋めていることを言い当てた時、「岡山市内に霊感女性現わる」とかなりの評判になった。地元の新聞にも取り上げられたほどだ。
・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・

ぼっけえ、きょうてえ 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
……妾の身の上を聞きたいじゃて?ますますもって、変わったお方じゃなぁ。しゃあけどますますええ夢は見られんなるよ。
妾の身の上やこ聞いたら、きょうてぇきょうてぇ夢を見りゃあせんじゃろうか。それでもええて?そんなら話そうか……
・・・ラストは読んでのお楽しみ・・・
密告函
「岡山県下にては虎列刺(コレラ)病蔓延につき××村役場裏に密告函なるものを設けたり。近隣に擬似患者及び隠蔽患者あらばその名を投函すべし。尚この密告函は錠前付きにて投函せし者も匿名にてよしとすなり。……」和気××村役場 足元に長く伸びる弘三の影の横に、もう一体の影が伸びていた。艶かしいその女の影は弘三の影に覆い被さると、朗らかに笑った。その笑い声に合わせて、川の中の女もうっすらと微笑んだ一一。
あまぞわい
そうか、キン坊も「あまぞわい」の話を聞きてえんか。まぁ、キン坊もじきに大きゅうなって漁に出るようになるけん、知っとかにゃあおぇんわな。 濁った蒼い水の彼方に、真っ黒な岩礁がある。あまぞわい。だが、そこには海女も尼もいない。そのそわいは、ユミのためのそわいなのだった一一。
依って件の如し
鈍色の曇り空をそのまま映した貧しい水田と、その泥に塗れた百姓と牛。まとわりつくのは血を吸う虫ばかりだが、その虫も吸っているのは血ではなく泥だった。 黄昏時にはすでに涼しい風が吹く。落ちる影も濃い。竈に映る角の生えた兄は、ゆっくりと美味そうに牛の汁を啜った。鍋の中を静かにかき回すのは、白い袖から覗く痩せた母の手だった一一。