伊島りすとの立ち読み


ジュリエット 本棚に戻る
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揺れる
揺れる
揺れながら
小泉健次はゆっくりと瞼を開いた。
波のない海面。透明な水は澄んだ空気に似て、海底がまるで空から眺める地上の様子みたいに健次の眼に映っている。
きらきら光る白い海底の砂の広がり。
珊瑚に飾られた岩。
ゆらゆら反射する眩しい光に目眩がする。
もうあれから二十年という月日が経ってしまった。
ムーン・ビーチの入り江。
二人だけでデートした場所。
二十二年前にはまだ女学生だった美佐子が、健次に初めて躰を許したのもこの浜のはずれにある大きなやしの樹の陰だった。
海から上がってくる水着姿の美佐子。

生きている屍であったフミオ。
彼はずっとあのようにして自分をわかってくれものがあらわれるのを待っていたのかもしれない。やがて思い出でさえなくなってしまう自分を、せめてありのままに覚えていてくれる、そんな女の子を。そして、もしかするとフミオにとても、ルカと同じように、それが初めての恋だったのかもしれない。
フミオはルカの思い出の中に居場所を変えた。
けれど、それは終わりではない。始まりなのだ。
まだ始まったばかりなのだ。
ジンちゃんもココも美佐子もクロも、共に歩いている。
「ねぇ、この携帯、直んないのかなぁ……」ルカの呟く声が聞こえる。

健次は空を仰いだ。
焼き場まではもうすぐの距離だった。