板東眞砂子の立ち読み

山妣(やまはは) 本棚に戻る
最初の数行 最後の数行
青空に粉雪が舞っていた。冬の太陽を受けた小さな破片が、白一色に埋もれた大地にきらきら光りながら落ちくる。銀色にそそり立つ山嶺も、山々に囲まれた盆地の村も、粉雪を浴びて明るく輝いている。空の涙みたいだ。 「とうとうたらりたらりら たらりあがり ららりとう」
芝居の始めに演じられる『寿式三番叟』のおかしげな拍子が口をついて出てきた。涼之介は踊るような足取りで、里に向かって降りはじめた。

蛇鏡(じゃきょう) 本棚に戻る
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夕暮れ時の町は、ひっそりとしていた。辻や路傍に佇む石灯籠や道標。「刃物」や「鹽」と書かれた古ぼけた看板が、風ひとつない空気の中に垂れ下がる。道に沿って続く黒々とした連子窓、窓の奥にかかった簾の隙間に、家灯が仄かに赤く滲む。 見ると、白くかさかさあした古い皮膚の下に新しい皮膚ができている。艶やかに輝く赤いウロコの肌が……。
一成は驚きの声を洩らした。
しゅうううっ。蛇の吐く息があがった。
水濠が太陽を反射して、花びら形をした蛇がぎらりと銀色の光を放った。

死国(しこく) 本棚に戻る
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炎が赤い舌のように揺れていた。蝋燭の灯りに、輪になって座る男たちの顔が浮かび上がる。彫刻師が丹念に刻みつけたような、深く険しい皺。高い頬骨、筋肉で盛り上がった肩、張りのある太股。男たちの体つきも顔つきも、どこか似通っている。 アスファルトの道は黒々と延びていた。照子は、やつれた顔に決然とした表情を浮かべて一歩、また一歩と進んでいく。腰につけた鈴が揺れる。
ちりんちりん、ちりん。
澄んだ鈴の音が、白いうろこ雲の浮かぶ秋の空に流れていった。